陽だまり日記    ケントと歩いた12年 そして…

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<<   作成日時 : 2017/03/21 09:48   >>

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このところの暖かさで、公園の梅が満開になり、
早咲きの桜が可憐な花をつけています。



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      濃いピンクの河津桜です。





街では袴姿の女子大生や、赤いバラを1輪ずつ手にした高校生が目につきます。

希望と不安を胸に巣立ちの3月ですね。

先日、実家の母の卒業式のような光景に立ち会うことができました。


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思えばここ2年余り、母は入退院の繰り返しでした。



おととしの秋、ペースメーカーの入れ替え手術の直後、
自宅で転倒し、大腿骨骨折。


手術リハビリを経て、昨年の1月に退院したのも束の間、
2月の末に深刻な脳梗塞。


右手足、のどの筋肉を動かす機能に
かなりのダメージを受けたものの、
懸命の治療リハビリのおかげで、9月初めに笑顔いっぱい、
退院することができました。





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母は脳梗塞発症後、しばらくは、点滴と
鼻からのチューブで栄養を取っていました。

チューブは細く、食事の都度滴下に1時間以上かかります。

その上、何かのはずみで引っかかると抜けてしまい、
チューブを鼻から入れ直す度に、きちんと胃まで入っているか、
レントゲンを撮る必要があります。




初めて文字にすることですが、母は入院3か月目に、
胃瘻の手術を受けました。


『胃瘻』は、言葉として知っているものの、
周りでお世話になった人もおらず、延命治療のような気がして、
もう、口から一切食事ができない宣告がされた気がして、
家族として、受け入れるのに、かなりの勇気と理解が必要でした。



胃瘻は経鼻経管栄養より安全で、本人の負担がより少ないこと、

滴下ではなくシリンジを利用する方式をとるため、時短ができること、

調子が悪くても、安定して、栄養摂取や服薬ができること、

鼻やのどにチューブが通る異物感、苦痛から解放できること、

それにより、食べる、話すの訓練がしやすくなること…

繰り返し説明を受けました。


そして、
胃ろうを造った後でもすべての食事を胃ろうに頼るわけではなく、必要に応じて口から食事を摂ることも出来ます。
口からの嚥下に問題が無くなったら、胃ろうを無くすことも可能です。
その場合お腹のろう孔は自然にふさがっていきます。



特に、食べる、話すのリハビリのためにも、胃瘻を…の言葉に、
背中を押されたのかもしれません。


と言っても、機能回復手術ではないので、
食べる練習は難しいものです。

液体の水分は、むせや誤嚥性肺炎の原因になりやすいので、
絶対だめ。
1日3回の歯磨きも、うがいができないので歯磨き粉は使わず、
仕上げはスポンジで何度もぬぐい取ります。


食べる練習のために、最も誤嚥しにくい角度にベッドをセットし、
まずは、スプーンを氷で冷やしながら、舌を刺激することから。

次いで、かおりを付けたスプーンを舐め…

初めて口にした形になったものは、数日後、
固いフルーツゼリーでした。


フルーツゼリーは、〇

プリンは、舌の上でまとまらずまとわりつくので、×

卵豆腐は、メーカーによっては、〇

STの若い先生は、試しながら、表を作ってくれました。



リハビリ病院退院後、
母は、続いて短期集中リハビリを受けるため、
老健施設に入所しました。



母のお世話になっていた施設には毎週、訪問歯科医が訪れ、
歯の状態と共に、嚥下機能の検査も行ってくれていました。

母の場合、のどの筋肉も舌の筋肉も
右側に強い麻痺があるものの、左側は反応が良く、
訓練を続ければかなり回復するだろうと言う話でした。

施設にも、医師、看護師、PT(理学療法士)、OT(作業療法士)、
と共に、聴く話す食べることのリハビリ専門の
ST(言語聴覚士)の先生がいました。




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こちらでもSTの先生が、嚥下のスピードを測りながら、
慎重に食べ物を口に運んでいました。


初めは、ゼリーや水ようかんのようなデザートから、
次第に、おひたしや煮つけの魚をペースト状にし、
それをゼリーで固めたような食事に変わっていきました。


胃瘻は、母の血液検査に合わせた完全栄養食を
胃から直接摂取します。


毎日、毎食同じもので、飽きることはないのか?との質問に
残念ながら、味わうものでないから、大丈夫、と
説明受けたことがありました。

でも、ペースト状のものを口から食べる様子を見ていると、
明らかに、気に入った味と、イマイチなものと、表情が違います。

いつだったか、栗きんとんを食べた時、あまりの美味しさに
びっくりし、目をクリクリさせてたことを覚えています。


毎日訓練を続ける中、
医師やSTの先生の判断で、三食のうち昼食を、
胃瘻から、口からの食事に移行することになりました。


そして、その数週間のちには、ペースト食を、
もう少し形のある食事にランクアップしようと言う話になり、
どれほどうれしく思ったかしれません。


私はいつも昼食前には施設へ行き、食事の方法、つまり、
舌のどの部分、どのタイミングで食べると、むせることなく安全に
必要量摂ることができるか、教えてもらっていました。



あの日…

忘れもしない昨年の11月22日、あの日も同じように
昼前に母の元へ行きました。

あの日、母は珍しく、ベッドで眠っていました。
でも、たまにはそんな日もあります。

さほど気にも留めず、声をかけるとすぐに目覚めたので、
「もうすぐお昼ごはんだから、先にトイレに行こう。」
そう、促した時です。


母は、脳梗塞で右手足にマヒが残ったので、いつも
左手を差し出すのですが、
その左手が、自分では全く力が入らなくなっていました。



象の鼻のような重い重い丸太が、
左肩からぶら下がっているかのような…


誰の目から見ても明らかな、脳梗塞の再発です。



私はあまりのショックで一瞬、気が遠くなり
目の前が暗くなったのを覚えています。


幸い母の部屋の前はスタッフステーションで、
ドクターと看護師さんが2名いました。



すぐに救急車が呼ばれ、脳神経外科へ搬送。




母の話は、次に続きます。






一昨日、昨日と、お彼岸の墓参りに行きました。



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次訪れるときは、ぜひ、母も一緒にと思っています。



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