一粒の麦

学生時代、感銘を受けた一冊に、
三浦綾子さんの『塩狩峠』があります。

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明治の北海道が舞台で、主人公は、クリスチャンの鉄道員。
札幌での結納のため、偶然乗った列車が、峠の山道で、
突然連結部がはずれ、客車が暴走し始めます。
手動ブレーキが役に立たないと分かった時、
「今なら、間に合う。」
とっさに、車輪の前に身を投じることによって、
多くの命を救った… 実話です。

この本の主題は、信仰に裏付けられた自己犠牲、犠牲死なんですね。
当時、キリスト教系の大學に通いながら、
学校の中だけの『なんちゃってクリスチャン』の私には、
命を賭して命を救う意味、
そこに至る深い信仰について、考えさせられる一冊でした。


東日本大震災から一年、
あの日、失われた多くの命の中に、この主人公と同じように、
命を救うために失われた命 もまた多くあることを知りました。

防災庁舎で最後まで、津波からの避難を呼びかけ続けていた若い女性、
津波が見えながら水門を閉めに走った消防団員、
中国人労働者をまず避難させ、また戻って行った工場長、
逃げ遅れるお年寄りを助けに坂を下った学生。

そこには、信仰心や、自己犠牲の精神はなかったかもしれません。
「自分の命が大切だから、他の人の命も同様に大切、当たり前だよ。」
本当は、一緒に生きるはずだったのでしょう。



     「一粒の麦、地に落ち死なずば、唯一つにて在らん。

      もし死なば、多くの果を結ぶべし。」




離れた場所にいて、気の毒だとか、かわいそうだとか 思う前に、
自分の代わりに犠牲になった 尊い命を思います。

そして、今なお苦しみの中にいて必死に立ち向かう命に、
寄り添い、力になり続ける事こそが、
一粒の麦 に報いる法ではないか、と思います。



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