陽だまり日記    ケントと歩いた12年 そして…

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zoom RSS きっと母が一緒にいた…

<<   作成日時 : 2018/06/09 10:23  

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母が旅立ち、5か月が過ぎました。



母との別れは、母と共に、母がお世話になった人々との
別れでもありました。


親戚やご近所さんなら、話す機会はあります。

でも、あれほど毎日通った病院や施設の方とのかかわりも
全く途絶えてしまう寂しさは、母ロスに追い打ちをかけるものでした。



母の会いたかった人に会い、行きたかった場所に行こう、と、
4月には、生まれ育った故郷を訪ね、母の弟妹に会い、
母の日には、毎年楽しみにしている母の日コンサートにも出向きました。


5月の末には、お世話になった老健を訪ね、職員の方たちや、
母娘共に親しくしていた、利用者さん母娘にもお会いできました。






そして昨日、母が大腿骨の骨折や2度の脳梗塞の後
お世話になったリハビリ病院を訪ねました。


3度の入院で、トータル1年近く。



病院へ向かう道、暑い日も寒い日も、雨の日も、
いつも駅から小走りで通り抜けていたことが、昨日のように、
と言うより、今でも母が待っている気がして、
自然と足早になっていました。




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      2度目の退院の日に




前日に知らせていたこともあり、数人の看護師さんやリハビリの先生が、
待っていてくださいました。


皆さん、驚くほど母のこと覚えていてくださり、

一緒に六甲おろしを歌ったこと、
リハビリのじゃんけんが毎回真剣勝負だったこと
先生のおめでたを知り、孫ができるように喜んだこと

そして私たち姉妹が、退院に備えてベッドから車いすへ移譲する方法、トイレの介助、リハビリの先生と練習したこと、懐かしそうに、次から次へ、出てきました。







妹がカバンから取り出した遺影に、リハビリの先生、

「このお写真もしかして、ぼくと…」



そうなんです、遺影なのでもちろん、母一人なのですが、
本当は先生とツーショットの母一番のお気に入り写真。





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         同じ日に撮った1枚です。





誰よりも笑顔を引き出すのが上手で、大好きだった先生。

はにかんだ笑顔が母らしい1枚だと、選んだ写真です。





母の遺影に、ぽろぽろ涙流し、話しかけてくれる看護師さん…





私たちも、きっともう、2度とお目にかかることが無い、
と思うだけで、また涙が込み上げ…





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病院へ伺ったのは2時ごろでした。

昼食後のあわただしさが収まった時間帯とは言え、
皆さん、勤務時間中です。


お会いしたくても、リハビリ中の先生、
遅番でまだ出勤していない看護師さん、
移動でほかの階に行かれた方、産休中の方…


皆さんにくれぐれもよろしく、とあいさつし、
移動になった看護師さんにお会いできるかと、別の階を訪ねました。



いない…


お休みかも知れないなぁ…


忙しくされてる見ず知らずの看護師さんに声をかけるのもためらわれて、
妹と二人、帰りのエレベーターを降りたところで…

どういう状況だったのか、離れたところから、
長い筒を望遠鏡のように覗いている人と目が合いました。



あっ!!
作業療法の○先生です。

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楽しい先生、きっと私たちを見つけてくれたんだと思いました。

思い切り手を振ると、望遠鏡を片手に、驚いた表情の先生。



私たちの訪問はご存じだったものの、リハビリ中。

まさか、望遠鏡越しの対面になるとは…



きっと母が呼び寄せた、偶然の再会です。





病院を後にした私たちは、近くのファミレスで、
遅い昼食を取りました。


ドリンクバーのコーヒーをお替りしたころ、どちらともなく、
移動になった看護師さん、もしかしてお休みでも、伝言だけでも残そう、と言う話になり、もう1度病院を訪れることにしました。



そのフロアーのエレベーターを降りたところで、
母の最後の主担当だった理学療法の先生にバッタリ。

リハビリの先生の移動も多く、
先ほどお目にかかれなかった先生の一人です。




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母の年代の方でしょう。
一緒に、歩く練習をされていました。

「うちの母は、先生のおかげでとても元気に退院できたんですよ。頑張ってくださいね。」

その方、にこっと、とてもいい笑顔でうなずいてくれました。



やはり、探している看護師さん達はおられません。

ナースステーションで思い切って声をかけると、
一人は遅番だけど、もう一人はいますよ、との返事。


無事、対面を果たし、

「○○さんに、くれぐれもよろしくお伝え下さい。」
と、その場を後にしようとした時です。


なんとその遅番の看護師さんが、「ソレイユさ〜ん!」と、
泣きながら、走って来られたのにはびっくり。

出勤途中に、先に訪れた階の看護師さんに会い、
私たちが来たことを聞き、会えなくて残念だったと思っていたのに、目の前にいるから…


「きっと、おかあさん、ここにいらっしゃるね。」


そうなんです。

先ほどのタイミングだと、絶対に会えなかったけれども、
ランチしてまた、訪れたおかげで、
母に、元気をいっぱいくれた方にお会いでき、本当にうれしすぎる…




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母の思いが通じたのでしょう。

お会いしたい方の大半に感謝の気持ちを伝えることができ、
笑顔や泣き顔を目に焼き付けることができました。



いつだったかブログで、

   病院は、出会いと別れを繰り返す
   駅のホームのような場所かも知れない、

  加えて言うなら、笑顔を見せに帰る、ホーム、なのかも知れません。

と、書いたことがありました。


母の入院中に産休に入った先生が、2人目のおめでたで、もうすぐまた産休に入ると、大きなおなかを触らせてくれたり、母の最後の入院中産休だった先生が、無事復帰されていたり、いつもハグしてくれた看護師さんが結婚退職されていたり…





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確実に刻まれていく時の中で、母の思い出を共有してくれる人に、感謝しか、ありません。



と、同時に、素敵に頑張る姿を私たちに見せることで、

あなたたちも、しっかり前に歩みを勧めなさい、と、

母からのメッセージだと、思っています。





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明日架に会ったなら、どんなに喜んでくれただろうね。


             
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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
そっかぁ・・・
母が亡くなるということは、
長いあいだ、つながりあっていた方々との
別れも来る・・
と、いうことなんですね。

当たり前のことなんだけど。
なんだか、寂しいなぁ。

介護は、介護した人にしか
わからないことも多くて、それは、
看護師さん、介護施設の方々にも
わからないことが多いと思います。

それは、病院や、施設の言い分であって
「家で看る!!」ということは
そんなことじゃない!!

って、どれほど言い合ったか・・・

家族のことは、家族にしかわからない
不安とか、悩みとかあって。

もしも、ソレイユさんが、お母さんがお世話になったところとこれからも繋がっていかれるのであれば、
もしかしたら、誰かの隣に寄り添って
座ることができるかもしれないですね。
こすももの母で宙!!
2018/06/09 20:02
こすももの母で宙!!さん、
ありがとうございます。
腰のお加減いかがですか?

毎日、母の病院や老健に行くうちに、私たちもスタッフと仲良くなり、母のこと以外もたくさん話すようになっていました。
それだけに、寂しさもひとしおです。

こすももの母さんのように、ご自分が主体になって介護をされると、期待と現実のギャップで、とまどうことも多いでしょうね。

私は自分の両親は亡くしましたが、90歳を過ぎ、足は不自由だけど元気な義母がいます。
今までの経験が、義母のより良い生活に結びつけばと思っています。
ソレイユ
2018/06/11 06:24
お義母さまの介護!!
まだ、介護状態ではないですね!!

今までの経験が生きてきますね!!

無理せず。自然体で!!

私の腰、今日は、とっても楽です。
全治10日間。
あたらずとも遠からず!!
です!!
痛いの辛いわ!!
こすももの母で宙!!
2018/06/11 17:15
こすももの母で宙!!さん
ありがとうございます。
義母は、外出は車椅子ですが、家の中では手すりもあるし、基本、何でも自分でできます。

救急車のお世話になるほど大変だった腰、良くなってきて良かったです。
もう少し用心を重ね、100%の力は、100%回復してから出してくださいね。
ソレイユ
2018/06/12 07:14
老健の職員の方々
病院の先生 看護師さん 
お母さまのことをしっかり
覚えていてくださり嬉しいですね
お母さまのお人柄が目に浮かぶようです
そしてソレイユさん姉妹の感謝の気持ちを
皆さんにお伝えできて本当に良かったですね
お母さまも喜ばれてますね
ルーシーママ
2018/06/15 22:52
ルーシーママさん、
ありがとうございます。
年を重ね、体は思うように動かせなくなっても、出会う人みなさんに優しく接してもらい、母は母で笑顔をお返ししてきた、優しい時間が流れていました。
母の思い出を話せる人が家族以外にいることが、母の生きた証のように思います。
感謝の気持ちを伝えたこと、母もきっと喜んでくれていますね。
ありがとうございます。
ソレイユ
2018/06/17 08:32
病院とはあまり関わりたくないけれど、
いい人達に恵まれましたね。
お母様ご自身、そして、見舞いに通ったソレイユさんやご家族が引き寄せたご縁なのでしょう。

ところで、ソレイユさんところは、地震は大丈夫でしたか?
ニュースで、見てびっくりです。
ラム子
2018/06/18 23:24
ラム子さん、
ありがとうございます。
母の闘病の日々は、辛い、無機質な日々ばかりではなく、皆さんのおかげで、彩り豊かな笑顔の日々でもありました。

地震…
ドッカン、グラグラ、ユラユラ
大きな揺れに、阪神大震災を思い出しましたよ。
うちはほとんど被害ありませんでしたが、北部に住む友人宅は、物が散乱した上に、電気水道が使えなくなり、大変な状態だったようです。
余震も含め、もうこれ以上被害のないこと、祈るばかりです。
ラム子さん、ご心配いただきありがとうございます。
私たちは大丈夫、明日架も少しショックを受けたようですが、大丈夫です。

ソレイユ
2018/06/19 04:07

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